ここはとある田舎街。 ティエリア・アーデが越してきた街だ。 緑も多く、のんびりと慎ましやかに生活をしている人が多い。 (何と言う失態だ・・・) ティエリアは思った。 まさかこんなに食が合わないとは思いもしなかった。 以前は便利という理由だけで都会のど真ん中に住んでおり、食事を作ることの出来ないティエリアにとって、様々なレストランやカフェが豊富に揃っていて困る事は無かったのだが、この街は数少ない美味しいと評判の店でも口に合わない始末だ。 次に引越しをする際は、食事が出来るところで探さないとまずいな、と思いながら街を彷徨った。 夜も更けた頃、今日の食事は諦めようとしていた中、どこからか良い香りがしてきた。その香りを辿ってみると、入り口が樹木がアーチのようになっており、その先を見るとロッジ風の建物が建っていた。花をあしらった木の可愛らしい看板が慎ましやかに飾ってある。 (レストランだ・・・) 『青春は最後のおとぎ話』と書かれてある看板は、年配の方が営業されているような雰囲気を漂わせていた。 (ロマンティストな老夫婦がやってそうなネーミングだ・・・) ティエリアはそおっと扉を開けて中に入ってみた。 ドアチャイムがカランカランと鳴り、客が入ってきたことを主人に知らせる。 「いらっしゃいませ。申し訳御座いません。本日は閉店させて頂きました」 意外にも若い男の声が店の奥から聞こえてきた。 店内は概観と同じくロッジ風になっており、手作りと思われる小枝の額に入った絵やら写真やら押し花やらで飾られていた。各テーブルに花も添えられており、落ち着いていて女性客に人気がありそうな雰囲気だった。 店の奥から片目を前髪で隠した男が穏やかな笑顔で出てきた。 閉店した事実を知った胃袋があまりにもがっかりしたのか、腹が減っていることを主張をした。 ぐぅ。 「あ・・・」 ティエリアは恥ずかしくて「すまなかった、また来る」と扉の取手を掴んだ。 「もし良ければなんだけど・・・。新メニューの考案中で、今出来たところなんだ。味見して貰ってもいいかな?」 腹の虫の主張を受理したシェフが声を殺して笑いながら、出来たばかりという料理を皿に盛りつけティエリアにどうぞ、と進めた。 「いいのか?」 「是非。美味しく作ったけど口に合うかな?」 「有難い。ここに越してきて一週間になるのに旨い食事が出来るところが見つからなくてあまり食事をしていないんだ」 つい本音が出てしまった。 「この街は結構美味しい店があると思うんだけど・・・」 かなりの美食家か、物凄い偏食家なんだろうと思い、自分の作った食事が合わなかったらこの人はずーっとひもじい生活を送らねばならないのかと気の毒に思った。 「嫌いなものはある?これはトマトクリームのニョッキ。野菜たっぷり入ってるよ。後は魚介類のピザと・・・」 ティエリアの腹は、目の前にある湯気が立って美味しそうな料理を早く満たしたいというようにぐぅ、と鳴った。 「あはははは。話は後で。さぁ、ごゆっくりどうぞ」 爆笑されてしまった・・・。ティエリアは顔を真っ赤にしながら「いただきます」と胸の前で合唱し軽く会釈をして丁寧にフォークを持ち、ニョッキを口に含む。 顔が綻び口に出さなくても美味しいということが分かった。 「口に合ったみたいだね。良かった」 シェフはニッコリと微笑み、ティエリアを見た。 「物凄く旨い。実に素朴な味なんだけど、ニョッキはもちもちだし、トマトクリームも絶品だ」 以前都会に住んでいた頃美味しいと思っていた料理よりも遙かに美味しく、ティエリアはとても満足した。この街も案外捨てたものじゃないな、と思った。 「うちは朝八時から夜の十時まで営業してるからいつでもおいでね」 ピザも食べる?とテーブルに出された。 「あぁ、ここより旨い店にはお目にかかれそうもないから、毎日来ることになるだろうな・・・、俺は料理が出来ないから・・・。レシピ通りに作っても不思議と美味しくないというかマズい。どうしたら美味しくなるのかが分からない」 そう言い、出されたピザに手を伸ばした。 「俺はティエリア・アーデという。シェフ、迷惑ついでに申し訳ないが、俺は道に迷ってしまっている。ここはどこだか教えて頂けないだろうか?」 ピザを口に仕舞いながら、ティエリアは自分が迷子であると言う事を伝えた。 「ご飯食べれるところ探してたら迷子になっちゃったの?それは・・・大変だったね・・・」 若いシェフの肩が笑っている。 「・・・シェフ、堪えなくてもいいから笑ってくれて良いぞ」 ティエリアは自分に対しても呆れているので機嫌を損ねることは無く、むしろ笑ってくれた方が気兼ねしなくても良いとまで思った。 「ご・・・ごめんね・・・。家はどこら辺?ここはエンテ通りだよ」 シェフは地図を持ってきてくれて、ここ、と指を指した。 「あぁ、良かった。割と近くだ。俺の家はヨハニスベーレン公園の近くだ」 「え!?歩いて20分くらいかかるよ?」 「まぁ今日歩いた距離に比べれば・・・。それに旨い食事も出来たし大丈夫だと思う。気にしないでくれ。えっと代金は・・・」 ごそごそと財布を取り出そうとしている矢先、店の前に車が停まる音がした。 「たっだいまー!アレルヤー!俺の飯ある? ・・・とこんな時間に客かぁ?めっずらしー」 シェフと同じ顔をした人物が現れた。 違うのは隠れている側の目とその色、性格も違うようだ。 「ハレルヤ、お帰り。ご飯あるよ。あ、ハレルヤさ、ご飯食べたらヨハニスベーレン公園まで行けないかな?えっと、ティエリア・・・だっけ?送っていってあげて欲しいんだ」 「え?いや、俺はいい。自分で帰れるから、そこまで迷惑をかけるつもりはない。ゆっくり食事を楽しんでくれ」 「いいから遠慮しないの。男の子でもこんなに可愛かったら危険だよ。僕は後片付けがあるから弟のハレルヤが送っていくから。いいね、ハレルヤ?」 先程のトマトクリームのニョッキと魚介類のピザ、水菜とツナのサラダを貪っているハレルヤを指さした。 「あー、俺まだ何も言ってねーけど?」 ハレルヤは面倒くさそうに言った。そんなに送ってやりたいなら自分で行けばいいのに・・・。まぁ、この美貌なら何かあった時に後味悪いな・・・。 ビオラの髪にすらりと長く伸びた手足。痩せてはいるもののトレーニングをして鍛えられているようなしっかりとした体つき。顔の作りも見事なもので透き通っていて芯がしっかりとしているワインの瞳。通った鼻筋、唇は今にも食べたくなりそうな薄い唇がきゅっとしまっている。 (黙っていれば女だな。女だったら食っちまうところだ) ハレルヤはティエリアをじっと見つめた。 「そうだ、食事をしているのに申し訳がない。気にしないでくれ。 えっと、代金を支払いたいんだが・・・」 「あー、いらないよ。だって試食してくれたんだもん。今度来たときに食事していって。ね? ハレルヤもそんなこと言わない。行ってくれるでしょ?」 シェフ・アレルヤの穏やかな笑顔の奥底に般若がいることを双子の弟・ハレルヤは子供の頃から知っている。逆らえない。 「あー、分かったよ。ちょっと待ってなおかっぱ眼鏡」 「な・・・!」 ティエリアは『おかっぱ眼鏡』と自分を称されたことに憤りを感じた。 だが、その思いもアレルヤによって払拭された。 「いってー!!!!!」 アレルヤの手刀がハレルヤの脳天を狙い撃った。 「彼はティエリア・アーデと言うんだ。ちゃんと名前で呼びなさい。 ごめんね、口の悪い弟で。 あ、僕の名前はアレルヤ・アプティズム。こっちは双子の弟でハレルヤ・ハプティズム。よろしくね?」 にっこりと微笑みアレルヤは自己紹介と弟の謝辞をした。 「あぁ、よろしく。道理で同じ顔だと思った。双子だったんだな・・・。目の色が正反対で、性格も正反対な感じがするけど」 ギロリと料理を貪っているハレルヤを睨んだ。 「あー?なんだよ。これ食いたいの?」 睨まれている意味が分かっていないハレルヤは、ピザに乗っていたホタテをフォークに刺してティエリアの口元へ持って行った。 「・・・いらない」 「ふーん」 ハレルヤはパクリとホタテを口の中に放り込んだ。 「やっぱ、アレルヤのメシは旨いよなー。疲れもふっとぶぜ! さぁってと、おじょーちゃん。行く・・・」 ごいーん。 「ハーレールーヤー!いい加減にしないと本気で怒るからね! ティエリア、ごめんね?もの凄くバカな弟で」 「ってゆーかっ!なんでタライが降ってくるんだよ!バカってなんだよ!? 物投げておいて『本気で怒るからね』っておっかしいだろーっ!?順番が違うだろーがよ、え?アレルヤ様ぁ?」 ハレルヤは激怒しているが、アレルヤは無視してティエリアのご機嫌を伺った。 「別に送って貰わなくても・・・。送る本人も嫌がってるみたいだし・・・。本当に一人で帰れるから心配しないでくれ」 「誰も送りたくねぇって言ってねぇだろーが!このおセンチ野郎が!送ってくからついてこい!」 ばこーん。 「そんな言い方したら普通付いて行きたくないでしょう?そんなことも分からないの!?」 「・・・てゆーかオニーサマ。今度は鍋が飛んできたんですけど・・・。そのうちアレかぁ?包丁でも飛んできたりするかもってな! ・・・てマジかよ ホレ、ティエリア行くぞ。アレルヤ、行ってくるから、んじゃな」 ハレルヤは逃げるようにしてティエリアの腕を掴み強引に外に出た。店内ではアレルヤがにっこりと、手には包丁を翳して穏やかに微笑んでいた。 |