☆ マイスター的 クリスマス小話 ☆



「ズバッ!!ビシュッ!!ビシャァァァッッ!!街は一瞬にして狂気と悲鳴に埋め尽くされ、聖なる日を飾る柊やゴールデンクレストは、鮮やかな緑生える姿を鮮血の色に染め上げた。卓上に並ぶ蝋燭の灯は、今にも消えんとする生命の灯火のように弱々しく震え、卓上に並べられた豪華な料理を乗せる為の銀のトレイには、恨めしげに天を見上げる事切れた人の・・・」
「・・・ちょっと待て、刹那」
「なんだ、ロックオン。どこか読み間違えたのか、俺は」
「・・・いや、そうじゃなくてな・・・」
珍しく、いや、珍しい所か初めての出来事なのだが、刹那が手にした薄い本に載ったあるクリスマスを題材にした物語を読み聞かせてくれると言ってくれた。
俺は正直、夢でも見てるんじゃ?と、刹那に見えない位置の自分の摘めてしまう腰肉や尻肉をぎゅうぎゅう抓ったり引っ張ったりして見たのだけれど、痛みがしっかり神経を伝わって来たので夢ではないらしい。
夢で無いなら、刹那の機嫌を損ねないように見えない位置で自分を抓ったのは正解だ。
この思春期真っただ中の青少年は、ちょっとでもからかいの様子を見せるとすぐに機嫌を損ねてくるりと踵を返してしまう、困ったツンデレちゃんなのだ。(注:ロックオン・ビジョンです)
どんな天変地異の前触れでも、恐ろしい事へのフラッグでも、あの刹那が!読み聞かせをしてくれるのならば我が人生に悔いなし!それなりに素直に育ってくれて、オニイサンは嬉しいぞっっ!!と、飛びかかりそうになる自分を、やや荒くなりそうな息の下に抑え込み、俺は刹那の申し出を満面の笑みで受け入れた。
せっかく話をきかせてくれるならと、読み終わった後の刹那へのご褒美用にとホットミルクとそこに垂らす蜂蜜、お茶菓子をトレイに準備して、向かい合って腰を下ろした俺と刹那の二人以外珍しく誰も居ない食堂で、俺は刹那の話を聞き始めた。
まだまだ成長期の刹那の手には、子供の絵本程の大きさの本を片手で持つには不安定のように見えるが、テーブルの端に本を引っ掛けるように載せて、落とさないようには注意しているらしい。
子供の知恵だよなぁ、と、ほのぼのとした雰囲気に目を細め、口元を綻ばす俺の前で、小さな紙音を立てて刹那は手にしていた本のページを捲って・・・そして冒頭へと続く。
「どうしたんだ、ロックオン。顔がおかしい」
「・・・顔じゃ無く、顔色って言いなさい。俺の顔にまるで問題があるかのようだろうが!」
「目が二つに鼻が一つに口が一つ。確かに、顔に問題は無いな」
「そうそう・・・って、そういう話じゃ無くて!なぁ、刹那?」
「なんだ?」
顔色の一つも悪くなるだろう。
刹那が俺に読み聞かせをしてくれると言った時に聞いた題材と、ストーリの始り方には些か、いやかなりのイメージ的な剥離があると思われるのだから。
だが、刹那はそんな俺の心中も、読み始めた冒頭が不審な事にも気が付いていないらしい。
「お前の読んでくれた・・・その」
「クリスマスが題材のこの本か?」
「そうそう、その本なんだが・・・」
やはり、刹那はその本の不審さには気付いていないらしく、何が言いたいのだろうと俺の様子に小首を傾げて眉を寄せている。
これでは、刹那の中では本では無く俺の方が不審扱いじゃないか。
「その、な。クリスマスを題材にした話にしては、些か始まりが突飛なような気がして・・・」
刹那を傷付けないよう、遠回しに『それは変だろ!』と訴えかけるが、刹那にはさっぱり分かっていないらしい。
「そうなのか?俺はこういうものかと思ったが」
「えーと」
そういえば。
刹那の生まれた地域は、侵略による圧政の打破と信仰心の間違った方向への教化からテロリズムを生み出す事となったが、その最たる土壌は貧しさだったと考えられている。
日々の糧を得て、信仰する宗教の神に祈りを捧げる倹しい生活を送る民達にはユニオン辺りの商業化されたようなクリスマスのイメージは無いだろう。
まして、刹那の日常的に触れていた宗教がキリスト教に類するものであるかどうかは定かで無いのだから、刹那が『おかしい』と思わなくても不思議ではないのかも知れない。
CBに来たばかりの頃ならばともかく、色々な文化と色々な情報に触れている今となってもそんな物知らず、というよりも世間知らずの部類に入るような事柄を知らないままでいるのかは怪しいが、ロックオンは刹那が『おかしい』と思わない理由を、刹那に良いように解釈をして、『きっとクリスマスというもの自体を良く知らないのだ』ということに位置付けることにした。
「なぁ、刹那。本の前に基本的な質問だが、お前さんはクリスマスがどういうものだか知ってるか?」
「・・・知っている」
流石に、その問いにはムッとして刹那は言い返す。
CBに来てから、世界各国の情勢と人種、宗教観と歴史はそれなりに学習させられたのだから、ロックオンが言いたいクリスマスというものは知っているつもりだ。
「キリスト教で言う所の降誕祭やミトラ教で言う冬至祭などが元となり、現代でも宗教色を特に色濃く残した地域ではそれに伴った宗教行事、ミサなどが行われていると聞く。また、転じては魔女やサンタクロースと名乗る者達による子供へのプレゼントがあると言われ・・・」
「・・・ちゃんと知ってるよな」
刹那の語るクリスマスは確かに、正しいと思われる知識で、自分の知っているクリスマスと殆ど同じように思われる。
「無論だ」
胸を張る刹那に、良く勉強出来ていてお兄さんは嬉しいよ、と心の中で穏やかな涙を零しつつ、さては自分が刹那の読み聞かせてくれる本に付いての題材を聞き間違えたかともう一度確認することにした。
「えーと。で、刹那。その本って、何の本だっけ?」
「クリスマスの本だと言っただろう。聞いていなかったのか?ロックオン・ストラトス」
「え!いや、ちゃんと聞いていたさ。勿論だとも!」
刹那が自分の名前をフルネームで言う時は、大概機嫌を損ねた時だ。
案の定、じっとりとした視線で睨まれたので、題材としては聞き間違えじゃなかったんだなとストーリーの始まり方に疑問を持ちながらも、刹那のどこまでも斜めになって行きそうな機嫌をどうやって持ち直そうかと、あたふたとフォローの言葉を継いでみた。
「刹那の言った事を聞き逃すつもりはないぞ?だが、聞き間違えたのかと思って、確認しただけだ」
「何故だ?どうして聞き間違えたと思うんだ?」
「それは、えーと・・・」
どこの世界に、不穏な擬音から始まるクリスマスストーリーがあるんじゃああぁぁぁぁっ!!!と、ちゃぶ台をひっくり返せたのなら話は早いのだが、あの、刹那を相手にそんな事が出来れば俺は現在ロックオン・ストラトスを名乗っちゃいないともさ。
「えーと」
じーっっ。
「そのー」
じーっっ。
「・・・クリスマス・ストーリーにしては、始まり方がアグレッシブ過ぎて?」
誤魔化しは許さない!とばかりに、あの大きな瞳で睨みつけられては、自分の感じた疑問を口にするしかないではないか。
それでも、刹那の機嫌をこれ以上損ねないよう、刹那を傷付ける事が無いよう、婉曲的な言い方で『そりゃ、おかしいだろっっ!』という表現を言葉のオブラートでぐるぐる巻きにして、背中と心にだらだらと嫌な汗を掻きながらなんとか口にしてみれば、意外な事に刹那が『何だ、そんなことか』と呟いた。
「へぇ!?何だって、刹那。お前もそう思っていたのか?」
「いや。最初の俺の説明が悪かった事に気が付いた。俺はクリスマスを題材にした、と言った。それをロックオンは先程俺に尋ねたようなクリスマスの一般的在り方の話だと思った。そうだな?」
「あ、まぁ」
在り方云々ではないが、クリスマスを題材にしたと言えば心温まる話やクリスマス・キャロルだと俺は勝手に思い込んでいた訳で、どうやら刹那の言う『クリスマスを題材とした話』とは系統が異なるらしい。
それにしても、この場合はどんな系統だと言うのだろうか。
「クリスマスの魔女に付いていろいろな説があるのを聞いた事があるか?」
「魔女?ベファナのことか?あぁ、そりゃあ、色々聞いた事はあるけど・・・」
サンタクロースの妻という説や、プレゼントを配っているのは魔女だとか、悪い子供にはプレゼントではなくお仕置きを与えるだとか、諸説色々だ。
「この話は魔女の話で、悪い思想に染まったり、悪い行いをした子供たちを次々と駆逐していくという、聖なる日に相応しい勧善懲悪モノらしい」
「ちょっと、待て!!!!駆逐ってそりゃなんだ!」
「ズバッ!!ビシュッ!!ビシャァァァッッ!!・・・」
「それは惨殺音だろっっ!!」
「世界の歪みは、例え子供だろうと駆逐するという、勇敢な魔女の物語」
「待て待て待て待てっっ!!どこの世界にそんなホラーな聖なる夜があるんじゃああぁぁああっっ!」
「違うのか?」
「ちっがーう!!違うだろ!!魔女は悪い子に石炭で落書きするとか、ゴミのようなプレゼントを与えるとかのそんな話で、駆逐する話は一般的では断じてないっ!!その本をどこで手に入れたんだ、刹那っっ!!」
ここが地上であったなら、そこいらに氾濫するブラックユーモアの本などを誤って手にしてしまった可能性を否定できないが、ここはトレミーだ。
ティエリア管轄と噂のライブラリにしても、クルーの面々にしても、そんな本をこの純真な(ロックオン・ビジョンです)子供に与える訳がない。
どこからどういうルートでこんな間違った知識満載の本が刹那の手に渡ってしまったのか、自称・刹那の保護者としては把握しておく必要がある。
この本を刹那に渡したヤツ、狙い撃ち決定☆などと、怒りにぷるぷる震えているロックオンに、そんな心の中の葛藤も妄想も激情も知ることの無い刹那は素直に『ハレルヤから貰った』と口にする。
「ハレルヤだって?」
「少し早いクリスマスプレゼントだと言って渡された」
「あいつが?」
クリスマスと言うイベントごとには縁遠そうな人物の名前と、意外な言葉と共に刹那に手渡されている辺りがかなり怪しい。
「ちょっとその本、見せてくれるか?」
「あぁ」
刹那の手に納まっている本を借りて、掛っていた書店のブックカバーを外すとそこには、どうやっても誉められない、本人の性格を如実に表した悪筆で『惨劇のメリークリスマス☆』とか書かれている上に、作者名がハレルヤ・ハプティズムになっている。
良く良く見ればその本は、中身は手書きで、書かれている紙はそこいらにあるメモ用紙をステープラで束にして、ちょっと厚めの紙を表紙にしたお手製本だ。
「・・・ハレルヤ」
世界に1冊だけの手作り本を、刹那にプレゼントしてやるなんて・・・。
「なあんてっ!ほのっぼのになるかーっっ!!!あんのバカちんがあああぁっっ!!」
刹那へのプレゼントでなければ、そのまま握りつぶしてシュレッダーに掛け、火器厳禁になっていない部屋で灰になるまで燃やし尽くしながら呪詛の言葉を呟いてやるところだが、いくらふざけた内容の、ただの紙切れの集合体だとしても、プレゼントされたのは刹那なのだから、この紙切れの生殺与奪の権利は刹那に帰依している。
こんな情操教育に悪い物を刹那に返したくは無いけれど、ハレルヤ本人の思惑が分からない以上、『ブラックユーモア溢れる話をプレゼントしただけで、特に悪いはありません☆』と言われる事を想定すると、人から物を貰ったらお礼をきちんと述べて大事にしなさいと日々刹那に言い聞かせている手前、返してやらざるをえない。
「せ、せ、せ、刹那。取り敢えず・・・これを・・・大事に・・・」
「ロックオン、顔がおかしい」
こめかみをぴくぴくさせ、無理やり笑いを浮かべている顔は、そりゃあおかしいってものだろう。
「刹那?顔が、じゃなくて、か・お・い・ろ・が、だぞぉ?」
しかし、顔の造形に問題が無いのだから、正しくは顔色と表現させるべきだと刹那の教育にどこまでも気を配るロックオンは、ちょっとはましに見えるようにこめかみの引き攣り具合を根性でコントロールし、立てた人差し指を軽く揺らしながら訂正を促して、今すぐ消えてしまえ!と思うゴミの塊、もとい本らしき紙の束を刹那の手に戻してやった。
「刹那ぁ」
「なんだ?」
「ハレルヤはどこに行ったか、知ってるかぁ?」
「・・・ティエリア・アーデのところに行くとか言って・・・」
「ハレルヤ・ハプティズムは居るかっっ!!」
刹那の言葉を遮るように声を上げて食堂に乱入してきたのは、いま刹那が言い掛けたティエリアだ。
しかも、オートで開く扉の早さでは生温いとばかりに、僅かに隙間が開いた途端、手を捻じ込んで力任せに押し開いたようで、ずかずかと足音も荒くティエリアが中に踏み込んできても、無理を強いられた扉は可哀相な事に自力で閉まらなくなってしまったようだ。
「ハレルヤ・ハプティズムを知らないか!」
「ど、どうしたんだ、ティエリア。お前さんがそんなに怒るのは珍しいじゃないか」
ティエリアが些細なことから大事まで、色々な事に目くじらを立てたり、小舅よろしく文句を言い募るのはいつものことだが、これだけ怒っているのもここ最近では珍しい。
一番最近では、三月程前にハレルヤがヴァーチェにデカデカととんでもない落書きをした時以来だ。
「どうしたもこうしたも!これを見ろ、ロックオン・ストラトス!!」
顔がなまじ綺麗なだけに、起こった時は鬼より怖い。
背中におどろ線が見えて来そうなティエリアが見ろと言って刹那とロックオンがいるテーブルに投げ付けるように取り出したのは、既視感溢れるブックカバーが掛けられた本らしきものだった。
「・・・これは?」
恐る恐る、ティエリアの取り出したそれに付いて尋ねれば、メデューサもかくやという恐ろしい視線で睨まれて身体が竦み上がりそうになる。
そんな俺を尻目に、刹那はティエリアの殺人光線が出ていそうな視線もおどろ線も気にならないようで、その本らしきものをひょいと手に取ってパラパラと捲り始めた。
「クリスマス・キャロル・・・」
「そうだ、刹那・F・セイエイ。それはクリスマス・キャロルだ。ハレルヤ・ハプティズムが珍しく『たまにはレトロな紙媒体で本を読むのも、良いんじゃねぇか?』と、俺のところに持って来た」
素晴らしい声真似だ。
ハレルヤの言ったと思しき台詞はきちんと彼らしい喋り方と声色で教えてくれる。
意外なティエリアのかくし芸ともいうべきそれに拍手を送ってやりたいような気もするが、もし本当にやったなら、ガンダムマイスターに欠員が出ること間違い無しだ。
自分の身も刹那の身もとっても大事に思っているから、虎どころか大蛇の尻尾は踏まないに限るとその部分には口を噤んで、そのクリスマス・キャロルにどういう問題があったのかを知るべく刹那から本を受け取った。
「クリスマス・キャロルなんて、勿論俺は知識としてどういう物語なのかを知っている。ああ知っているとも。だが、珍しくまともな事を言う輩を少しは見直して、たまには良いかとページを捲って見た!」
「・・・ハレルヤ、凄え」
「納得がいかないっ!どうして、スクルージの名がっ!全部俺の名に書きかえられているんだっっ!!」
クリスマス・キャロルと言えば、良く聞く物語で、偏屈でケチなスクルージの前に三人のゴーストが現れ、彼にまつわる過去・現在・未来を見せることにより、スクルージは自身の行いを見つめ直すというものだ。
その物語の当初、偏屈でケチと名高いスクルージの名前が全て、ホワイトマーカーで修正した上から小汚い癖のある字でティエリアの名前に書き直され、三人のゴーストはご丁寧にも刹那・俺・アレルヤの名前に書き直されている。
「これでは俺が偏屈で頑固でケチで融通の利かない人間みたいではないかっっ!!」
いや、多分。
ティエリア以外のクルーは全員、ベスト・キャスティングだとハレルヤに拍手喝采を贈ると思うよ。
自分の事を一番、自分が分かって無いもんなんだよなと、ティエリアに見つからないように遠い目をした俺の前で、刹那は俺の手に納まったままの本とティエリア顔を何度も何度も見比べていた。
「何か言いたそうだな、刹那・F・セイエイ」
「・・・いや、何でも無い」
刹那ですら、思うところがあったらしい。
だが、素直に口に出さなくなるくらいには成長していたようで、自分の身を守れるようになったんだなとオニイサンは感激だ。
「二人とも。ハレルヤ・ハプティズムを見掛けたら俺の所に連れて来てくれ。生死はこの際、問わないでおく」
きらりと眼鏡の端が光る。
真剣な目が本気と取れてとても怖いんですが。
「了解した」
「え!?ちょっ、了解しちゃうのかよ、刹那!?」
「何か不服でも?ロックオン・ストラトス」
痛いところを突かれたからといって、流石に仲間に対して生死は問わないなんてどうだろう。本人を捕まえてもアレルヤになってる可能性もあるのだし・・・という、譲歩の言葉はティエリアの恐ろしい眼差しの前に無音になった。
「・・・いえ、ナンデモゴザイマセン」
「全く、あいつはロクなことをしない」
それは同感です。
可愛い刹那に間違った知識を与えただけなら、ゴミ作品に火を付けてあいつの尻を蹴り上げればそれなりに俺の胸は空くのだが、恐ろしいティエリアの怒りまで買ってしまった以上、それだけでは済まされ無さそうだ。
「リアル・惨劇のクリスマスにならなきゃ良いんだけどな」
クリスマスまで後ちょっと。
自分の書いた話のように、魔女より怖いティエリアに駆逐されないように頑張れよ。







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