「なんたる失態だ。この俺としたことが・・・」 握りこまれた拳が、冷たいタイルの壁を叩く。 自身の犯した失態に打ち震えるティエリアは、額に落ちかかる髪を振り払うように緩く頭を振り、彼の根幹を成すものの名を口にする。 「あぁ、ヴェーダ。俺はどうしたら・・・」 俯き、肩を震わすティエリアを、高みから降り注ぐものが濡らしてゆく。 後から後から彼に降り注がれるものに髪はかなり水分を含み、重た気に彼の頬や首筋に張り付いて行く。 壁を打ち付けた時のまま、握りこまれた右手とは逆の手に、ティエリアが握り込んでいるモノ。それが、彼の犯した失態だった。 「俺は・・・僕は・・・・わたっっ!」 「うぜぇっっ!!」 慟哭に打ち震えるティエリアの後頭部をめがけ、白い塊を力一杯投げ付けたのはハレルヤだ。 「だーっっ!!鬱陶しい!!何がヴェーダだ、アホかお前は!!!」 聞きたくもないティエリアの絶望に満ちた声を聞かされたのは、隣のブースにたまたま陣取ってしまったが故であった。 「・・・・ハレルヤ・ハプティズム」 ぶつけられた物体に、じくじくと痛む後頭部に掌を添え、痛みに薄らと涙を浮かべたティエリアの、恨みがましそうな眼が、ティエリアの背後に仁王立つハレルヤに力一杯向けられる。 「貴様、よりにもよって!この!俺の!貴様等よりも遥かに上等かつ繊細な造りをしている頭に!!何をぶつけたっっ!!」 「何って。牛乳石鹸?」 「万死!!」 ティエリアの後頭部に命中し、足元に落ちた白い物体、石鹸を手に取ると、ティエリアはお返しとばかりにハレルヤ目がけて力一杯投げ付ける。が、投げる瞬間を見ていれば、避けることなど造作もない。 ティエリアが投げつけた石鹸は、冷たいタイルにかっこーんと音を響かせて命中した。 「貴様、何故避ける!!」 「いや、避けるだろ。フツー」 「貴様に普通に付いて説かれたくなどないわーっっ!」 ティエリアの叫びに近い怒声は、四方をタイルに囲まれたこの空間に程よく響き渡る。 ここは、トレミー内に設置されている男性用シャワールームだ。 小型の船に効率的かつ機能的に様々な物を無駄なく配置した結果、風呂・トイレなどのいわゆる水回り系は男女の別と共に、トレミー内2か所に設置されている。 人数の少ない船なので、余程でないとここで他者と会う事もないのだが、たまたま会ってしまう今日のような日もあるらしい。 「つーか、お前。ヴェーダとかなんとか言う前に、誰かに借りればいいじゃねぇか」 「なにっっ!!」 「隣で一人楽しく遊ばれるくらいなら、うぜぇから貸してやるよ」 そういって、ハレルヤが放り投げたのは、ティエリアの慟哭の元凶となったシャンプーだった。 「いちいちシャンプー切れくれぇで、叫ぶな。メガネ」 「だれがメガネだ!」 文句を言いながらも、ちゃっかり手にはハレルヤが放り投げたシャンプーを納めている。 そう、ティエリアは、髪を洗うため、たっぷりと髪を濡らしたものの、持ち込んだものがシャンプーとコンディショナーではなく、良く見ればコンディショナーが二つであったことに嘆いていたのだ。 髪を濡らす前であれば、自身の失態を悔みつつロッカーへ取りに戻るのだが、頭を濡らしてしまった後では、頭を洗わずにシャワールームを出るなど出来るわけもない!と、本人は固く思っていた。 そんな所へ、たまたまハレルヤがやって来たらしい。 自身の失敗を見られたのは悔しいが、まぁこれで洗髪に専念できると、シャンプーに目を向けた。 「・・・ハレルヤ・ハプティズム」 「あぁ、なんだよ?」 「これは何だ」 「何だって・・・シャンプーじゃねぇか」 「その前に『トニック』ってついとるだろーがっっ!!」 ガッコーン。 まだ比較的新しいと思われる、容量一杯のトニックシャンプーが、今度は目標を過たず、しっかりハレルヤの顔面ど真ん中にヒットする。 「・・・っっ!!てっっめえ!!何しやがる!!」 さすが、超兵。 シャンプーボトル攻撃に、倒れもしなければ鼻骨も骨折していないらしい。 赤くなった鼻の頭を押さえながら、涙目で凄まれたところで誰も恐くは無いのだが、シャンプーボトルに強襲されたハレルヤよりも、遥かに恐ろしい形相をしたティエリアが、相変わらず降り注ぐシャワーの下から濡れ髪越しにハレルヤを睨みつけていた。 「トニックシャンプーとは・・・。俺の、この!さらっさらっ!柔らか!!キューティクル万全!!天使の輪まで見えちゃうわっっ♪な髪に対する、冒涜かっっ!!」 「人のモノにケチつけんじゃねぇっっ!!」 「貴様の頭皮はトニックですっきり爽快☆かも知れんが、30年先には、色んな意味ですっきり爽快になっていやがれ、このハゲルヤ!!」(トニックシャンプー利用者の方、ごめんなさい) 「んだと、てめぇ!人がやさーしく貸してやろうと思ったら図に乗りやがって、このメガネ!!」 「誰がメガネだ!大体、羞恥心のカケラもなく、みっともないものをブラブラブラブラさせたまま、人のシャワーブース前に陣取るんじゃない!!」 「見られて困るような粗末なモノでも、被ってるモンでもないから隠す必要なんざねぇんだよ!それよりてめえこそ、何だその格好は!」 共同シャワールームなので、ハレルヤのように生まれたままの姿全開☆でも、別段おかしくは無い。ただ、公衆的な配慮からすれば自慢のブツにしろ、ハレル矢部分は手ぬぐいなどで覆うのが一般常識である。 が。 ティエリアは更にその上をいく。 女性のように膨らみがあるわけでもないぺったんこの男の胸にまで、きっちりバスタオルを巻いているのだ。 っつーか、バスタオル巻いたままシャワーに洗髪ですか?ティエリアさん。 「女じゃあるまいし。それとも何か?見られて困るようなお粗末なものしか付いてないのか、パイパンか??」 「下品だ!!」 まさに一触即発、険悪ムードになりつつあったシャワルームに、第三の影が現れる。 カラリと音を立ててシャワールームの扉を引いたのは、二人よりも随分小柄な人物だった。 「・・・二人とも、何をしている?」 「刹那・F・セイエイ・・・」 現れたのは、刹那だった。 手には風呂セットを装備し、、腰にはタオルを巻いている。 あちこちに跳ねた癖のある頭髪にはシャンプーハット。 「なんだぁ、その格好は?」 ハレルヤが笑いを含んだ声で、刹那のシャンプーハット姿を揶揄するが、刹那は動じた風もなく、真剣な視線で二人を見上げながら、「これはシャンプーをするために必要な武装だ」と、硬い声で答えた。 「おーい、刹那。先に行くなって・・・あれ?ティエリアに・・ハレルヤ?」 刹那の後を追ってきたのは、マイスターズのおかんともトレミー女性クルー内で言われている、ロックオンであった。 彼は刹那とは違い、腰にタオルを巻き、手にはシャンプー等が入った籠を抱えた、一般的な風呂スタイルで現れた。 「なんだ、マイスター勢ぞろいかよ」 アレルヤの事を散々KY呼ばわりする割りに、自分も大概読めてないよなと突っ込みたくなるような険悪ムードを漂わせていたティエリアとハレルヤを前に、ロックオンはほのぼのとした声で二人に笑いかけた。 「ロックオン、俺は行く」 ティエリアもハレルヤも気にしない、いつでも我が道を行く刹那は、更に奥のシャワーブースを目指すべく、二人の間をずかずか割って歩く。 「お、おい、刹那?お前、自分じゃ綺麗に洗えないだろうが」 カタカタとシャンプーを揺らしながら歩き出す刹那の、荷物を抱えていない方の手をロックオンが取る。 洗ってやるから、声をかけるロックオンの手を振り払い、くいっと立てた指先でシャンプーハットを指しながら、「俺にはこれがある」と、ロックオンの申し出を断る刹那の瞳の色は、確かに男前なのだが、全体的に見れば笑えるシロモノでしかないだろう。 「待て、刹那・F・セイエイ」 「なんだ?」 ティエリアのいるシャワーブースよりも3つ程奥に入りかけていた刹那を止めたのは、ティエリアだ。 「刹那・F・セイエイ。君はどんなシャンプー剤を使っている」 ミッションプランの打ち合わせの時のような厳しい顔をしながらも、聞く内容はいたって情けないものだ。 「・・・これだ」 どんな事にも動じない大物、と言ってしまえば聞こえは良いが、少しは何かがおかしいとか、何を言っているんだと聞き返すくらいの他者への関心が欲しいものだ。 お母さんは唐突な質問と展開についていけませんが・・・という顔をして入り口付近に立ったままのロックオンを余所に、刹那は、抱えていた風呂セットから白い塊を取り出して高々と翳した。 「・・・牛乳石鹸・・・」 「これで顔も身体も頭もすべて事足りる!!」 「ぎゃっはっはっ!!良い、お前良い!!」 腹を抱えて笑うのはハレルヤだ。 自慢気にも見える、牛乳石鹸を高々と掲げる刹那の姿に、ティエリアは今にも番組違いな台詞を口にしそうだ。 「刹那〜。ちゃんとシャンプー使えってあれ程」 「面倒だ」 涙を浮かべた目で刹那にシャンプー使用を説こうとするロックオンに、刹那はにべもない一言でシャワーブースの中に姿を消した。 「全く。どうして貴方がたはこう、揃いも揃って役立たずなんですか・・・」 ぷるぷると細かく震える細くて白い肩は、そこだけを見ていると守ってあげたくなるような儚さを醸し出しているが、シャワーを止めずに水流の下にいるので、髪はずぶ濡れ・・・どころか、頬にも首にもべったりと張り付いて、まるで水底に沈んだ人の怪談噺状態になっていて、とてもじゃないが正視出来ないかも知れない。 今見たら、真剣に祟られる!!とばかりに、視線を外したロックオンは、外した先にハレルヤのハレル矢があり、更に視線を外す事を余儀なくされた。 「あー、ところで。さっきから何か言い合ってたみたいだが・・・」 ロッカールームにまで何やら二人の怒鳴り合う声が聞こえていたが、タイルに反響するため、上手く聞き取れなかった。内容によってはタイミングをずらそうかとおもっていたのに、刹那がずかずか入って行ってしまうから、つい入って来てしまったが。 祟りレベルと視界の暴力に晒されるなら、俺も早々に刹那の後を追った方が良いかなぁ、と、そろりそろりと動き出していたロックオンをティエリアの白い手が遮った。 「ロックオン・ストラトス」 「あ、あぁ・・・」 『こえー、こえぇよ』 二人を迂回しながら刹那の方へ向かおうと思っていた矢先、白い手がにゅっっと伸ばされた。まさに恐怖話実体験バージョン。 これが薄暗かったり、ハレルヤも刹那もいない状態だったら、間違いなく絹を裂く悲鳴を上げてしまったかもしれない。二人が居て、本当に心強いよ。 例え、ガン無視であったとしても。 「貴方はどんなシャンプー剤を使っているのです」 「へ?あ?シャンプー?」 先ほどの刹那への問いもそうであったが、一体それに何の意味があるのか、ロックオンにはさっぱり分からない。 「何をぐずぐずしているのです。さっさと貴方のシャンプー剤を出してみなさい」 背後にヴァーチェが見えそうなティエリアの迫力に、カタカタと小さく震える手で抱えた籠を引っかき回して、シャンプー剤を取り出した。 「・・・こ、これ?」 「んん?」 セグ○タ。 「貴方たちは一体何を考えてるんです!!」 「え?え?何が、怒るところ?ティエリアさん?」 「ヴェーダ推奨のシャンプーは、結ってもあとがつかないアジ○ンスに決まっているでしょう!!」 「あー?そりゃお前の推奨なだけだろー」 「なんだと!!」 「別にどんなシャンプーだろうと良いじゃねぇか」 「貴様はそんなだから・・・・・!!」 ぷりぷり怒りながらも、しっかりロックオンのセグ○タをせしめたままのティエリアに、言いたい事はないけれど。 「オニーサンには話が見えて来ないんだけどー」 小さく小さく主張するのは、万が一にもティエリアに聞き咎められでもすたら、どんな言葉が万になって降って来るかが分からないからで、それでも言うのを止めないのがロックオンたる所以だろうか。 「・・・ロックオン」 3つ先のシャワーブースから覗くシャンプーハットは刹那だ。 「目に石鹸が入った」 シャンプーハットを被ってて何故石鹸が目に入るのか、という疑問は全て、それが刹那だからだ、としか言いようが無い。 「あぁああぁ。だから洗ってやるっていったろう!」 マイスターズの、というより刹那のおかん降臨。 言い争うティエリアとハレルヤの二人に巻き込まれないよう、壁に張り付くように大きく大きく迂回して、ロックオンは刹那の元へ避難した。 |